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2019年9月25日 (水)

セミリタイアをした理由を思い出してみる 2019

昨日の続きです。

4年前、早期退職勧奨を受けた私が、なぜセミリタイアの道を選んだのか。早期退職勧奨を受けたぐらいでは、普通、セミリタイアの道を選びませんからね。家族が選ばせてくれないというケースも多いらしいし、それが普通の価値観です。というわけで、思い出してみます。

その1 とりあえず死ぬまで死ななくてもすみそうになった

いわゆる経済的自由です。私は、老後の余裕資金プラスアルファの資産形成を狙ってたわけで、早期リタイアするというような金額を目標にしていたわけではありませんでした。なんとなく、余剰資金を蓄積していくというスタイル。

ですが、いろいろな要素を足し算して考えると、実は経済的自由を達成していたことに気付いたわけです。

  • 30年以上働いて年金があるベースラインに達していた。
  • ほぼサラリーマン人生の終盤だったので、残り稼げるお金も必要なお金もだいぶ減った。
  • その年の早期割増退職金が、なぜかたくさんあった(よほど会社が在庫一掃したかったと思われる)。
  • ローンは完済。子どもの教育費も見切れ、サラリーマンを辞めるだけで必要経費が大幅に減ることもわかり、ベースの支出は大幅に減った。

あとになって、プラスアルファに働いたこともあります。

  • 妻は働く気満々で、私は妻の3号被保険者になり、健保や国民年金の負担がなくなった。
  • 収入は意外とゼロにならなかった。(再就職を半年ほどしてみたりとか)

今のニッポン、思ったよりも簡単に経済的自由を得ることができます。

その2 母の介護支援

表向きに、一番説明しやすいのが、この理由。「男子(女子)たるものなんで働かないの?」というバカげた批判にもっともめんどくさくなく説明できた理由がこれです。実際、そうでした。もし、辞めてなかったら、困っていただろうなと思うことも多々あります。

その3 もうサラリーマンをやりたくなくなった。

サラリーマンというのは、その長い労働期間の中で自分の価値を維持していくのは難しく、最後は、青雲の志とは違う仕事が多くなっていったり、往々にして、そのサラリーマン人生終盤の仕事をする環境(主として人間関係)が自分にとって面白くないものだったりします。

早い話が、やりたい仕事がなくなり、やりたいようにやらせてもらえる場もなくなった、というわけ。

結果、仕事に対するモチベーションも下がり、めでたく早期退職勧奨の対象者にもなれたとも言えます。

「少しだけ働きたい」「給料も安くていい」→「だからその分ラクな仕事をしたい」というのがありますが、これ、セミリタイアでよくある勘違いだと思うんですよね。ラクの定義と本人の特性にもよりますが、雇われ稼業で「ラクな仕事」かつ「シニアも雇ってもらえる仕事」なんてそんなにはありません。

となると、そもそもサラリーマン自体を辞めるしかない、というのが私の結論でした。

その4 会社に行かなくても退屈も焦燥も絶望もしない絶対の自信があった

最後は、上記の通りです。自由を欲する私の特性。実際、4年間、まったく退屈も焦燥も絶望もしておりません。もちろん、日々、めんどくさい事件も起こるわけですが、おおむね楽しく生活しています。

「セミリタイアしても働いているが、それは自由業であってサラリーマンではない」というのが私の持論ですが、それは、そんな私の特性から来ているとも言えます。

以上、セミリタイアした理由のまとめエントリーでした。

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