不自由とは「知らない」ということ
私が、早期リタイア後の実感として、いつも申し上げているのが「お金よりも金融リテラシー」という話。
金融リテラシーと早期リタイア
もし、経済的自立が、「生きるために直接的に外貨を稼ぐ必要がない」という状態であるとするなら、今の日本は、ほとんどの人が、いつかは経済的自立を達成することができます。年金受給者がそうですし、身もフタもないですけど専業主婦・主夫も、そう言う状態です。
私たちは、いつかは経済的自立を達成できる、ある意味幸福なシステムを持つ国に住んでいます。
さらに率直に言うと、サラリーマンとしてある程度成功していて、それまで大きな浪費もなく、今後の消費パターンも庶民的な人であれば、潜在的に経済的自由を達成している層はかなりたくさんいるように思うのです。
ただ、この状態になったからと言って、早期リタイアを選択する人は、私の周りにはいませんでした。みんな「働けるだけ働きたい」「死ぬまで働く」、とまあ、長年、サラリーマンを続けて来ただけあって、筋金入りの仕事好きという方がいらっしゃる一方、十分足りているのに、お金が足りないという不安を拭えない人もいます。
要因は多々あるとは思うのですが、そのひとつに金融リテラシーがあるように思います。そして、私は、それまでの資産形成の過程で得てきた金融リテラシーを早期リタイアという選択を決断するために使ったのでした。
不自由とは「知らない」ということ
そして、もうひとつ。急に心配になってきたのが、これからは、「金融リテラシーの有無が経済格差の要因になってしまうのではないか」ということ。デジタル・ディバイド(情報格差)ならぬ、金融知識ディバイド。
「金持ちの家に生まれたから」とか「給料のいい会社に入ったから」というのではなく、同じような処遇で、同じような給料をもらっていて、同じような家族構成であっても、金融知識の差によって発生してしまう格差です。実際、この10年、20年は、そういう時期だったとも言えます。
iDeCoやつみたてNISAの活用方法しかり。リスク資産と付き合って何十年か修行してきた人と、リスクを回避し元本保証商品しか活用してこなかった人に生ずる差。未来は予測はできないのではありますが、GPIFの運用実績を見ていてもなんとなく想像が付きます。自己責任による結果ですから、成功した人の成果をみんなで再分配というわけにも行かないでしょうし。
こういった未来に忠告してくれる人もいますが、なぜか、それに反発する人もいます。
自由とは、自らに命令できること。そして、不自由とは「知らない」ということだと考える今日この頃の私です。
余談
ところで、年金受給者や専業主婦・主夫が働いていないかというと、もちろん、違います。それは、今の私に失礼です(笑)。外貨を積極的に稼いでいないと言うだけです。もちろん、家事一般や、私の場合、介護などの具体的な仕事もありますが、たとえそうでなくても、
「好きなことをやっていても、それは働いているということである」
(By私 拙著p177)
なのです。
これが、私の早期リタイア観なのでした。
コメント
>自由とは、自らに命令できること。
すっごく心に刺さりました。
サラリーマンしてると、他者からの命令になれて自らを命令する体質が無くなってくるんですよね。
アーリーリタイヤでも定年でも結局は強制退場制度なので、今のうちにしっかりと自分に命令できる体質を維持していきた良い人生に人生にしてきいたいなと思いました。
投稿: うえぞん | 2019年6月 9日 (日) 08時45分
>うえぞん様
コメントありがとうございます。
>自由とは、自らに命令できること。
これは、私が時々使っている「自らに命令できないものは生涯奴隷である」というゲーテの言葉の言い換えの言い換えです。あと、「自由とは、失うものが何もないこと(Freedom's just another word for nothin' left to lose)」というジャニスジョプリンも唄った「Me And Bobby MaGee」という曲の歌詞も好きなんです。
投稿: NightWalker | 2019年6月 9日 (日) 09時25分