ずっと何もしないをするの話
ちょっと前の「アーリーリタイアに向いていたなと思う点」というエントリーで、「ずっと何もしないをする」が割と好き」と書きましたところ、「介護でたいへんではないか」「暇そうに見えない」などのお言葉をいただいたりしました。まあ、人間なので、本当に何もしないと言うことは不可能ですが、これをお題に、雑談です。
その1 やってることが自然すぎる
家事はありますし、ご飯も食べます。でも、時にめんどくさくもありますが、普通で自然すぎるので、何もしていないかのごとく時は
過ぎていきます。
その2 やってることが楽しすぎる
私は、趣味で音楽をやってたりします。これ、楽しいわけです。楽しい時間は、サラリーマン時代の仕事の感覚からすると、何もしていないかのごとく時は過ぎていきます。
このブログの運営もそのひとつかな。
その3 やってることの中に達成感がないものがある
介護って、必ずしも四六時中何かをするというような話ではありません。ただ、拘束時間は長くなります。在宅介護の場合、24h×365日のノンストップサービス。拘束時間を短くする方法としてデイサービス等があるわけですが、利用には限りがあります。
拘束時間が長い割にアウトプットが少なく、対応のストレスも大きく、達成感と言うより徒労感。いつかは終わるがいつ終わるかはわからない。それが私の介護に対する偽らざる感想です。
もちろん、介護を一生懸命やっていらっしゃる方も多いと思うのですが、長いこと生産性向上を是としてサラリーマンをやってきた私には、何もやっていない感があるわけです。でも、不思議と時は過ぎていきます。
よくある「何もしていない感」の件
以上は私の話でしたが、よく聞かれるのが、サラリーマン時代との仕事時間のギャップです。
サラリーマンをやっていると、付帯時間も含む会社の拘束時間は結構大きいです。定時の勤務だとしても、通勤入れて日に10時間。残業すればもっと増え、睡眠時間と労働に対する休息時間を労働サイドに振ってしまうと、残り時間は、たいしてありません。それが、一気になくなるので、ギャップを感じると言われています。
・・・言われていますが、そっちの方は、私は、いつまで経ってもそのギャップを感じなかったわけなのでした。
昭和の時代の上司には、そのくらい会社の時間の人生への影響度が大きいのだからポジティブに仕事に取り組んだ方がトクだと言われ、その通りだと素直に思ってがんばったのが懐かしい今日この頃。たしかに、それが自分の給料に跳ね返ってくる時代ではありました。
しかし、時は移り、そんな私も「いや違う。会社以外の活動による多様性、バランス感覚こそが我が身を救う」と思うようになった、そんなアーリーリタイアの日々でした。
コメント
こんにちは
サラリーマン生活からアーリーリタイアのリアルな体験談とても参考になります。
>しかし、時は移り、そんな私も「いや違う。会社以外の活動による多様性、バランス感覚こそが我が身を救う」と思うようになった、そんなアーリーリタイアの日々でした。
私もこの思いがサラリーマンしながら心の叫びになってます。
私もブログ書いてますが楽しいですし、数年前から習ってるギターも楽しいです。
楽しいと感じていれるのはサラリーマン生活の苦痛があるからだと思ってるんですが、ナイトウォーカーさんの記事読んでいると、そんなことは錯覚なのかなとも思ってしまいます。
投稿: うえぞん | 2019年4月24日 (水) 22時50分
>うえぞん 様
コメントありがとうございます。
>楽しいと感じていれるのはサラリーマン生活の苦痛があるから
たしかにそう言う部分はあります。制約があるからこそ自由な時間の価値が高まるという。
↓ご指摘で思い出した、ちょっと前に書いたご参考エントリー。
http://nightwalker.cocolog-nifty.com/money/2016/05/post-f686.html
今は、介護が制約のポジションにありますが、それが終わったとしても、また何かしらの対象が生まれるのではないかと。これも含めて、バランス感覚と言うことではないかと最近は考えてます。
投稿: NightWalker | 2019年4月24日 (水) 23時03分
記事読みました。
>私がギターを弾けるようになったのはそのせいではないかと思っています(笑)。
時間がないときほど何故かギターを手に取ってしまうんですよね。
苦痛からの逃避行動なのかもしれません。
>制約があると、自由な時間の生産性が向上する
おっしゃる通りだと思います。
時間は有限なのでこれからの一日をもっと大切していきたいです。
投稿: うえぞん | 2019年4月26日 (金) 00時07分