Labor/Work/Playという3状態について
katzewaonさんから、拙著にご書評をいただきました。ありがとうございます。
Labor→Work→Play
katzewaonさんからは、いくつか鋭いご指摘をいただいております。
- 老後資金のために投資するなら自分が(期せずして)元気でなくなってしまった時にも勝手に運用できる方法にしておく必要がある
- 資産運用するなら「自ら学ぶ」のはマスト
- (金銭を得ようが得まいが)、一生ヒトはハタラク
- お金のことを話せる仲間を増やしたい
今回は、ハタラク→「段階的にLabor→Work→Play になっていく」というお題を頂戴いたします。この3つの状態については、岡本和久先生も同じような話をされていたような記憶があります。
さっそくですが図にしてみました。
この図には、逆遷移のやじるしが付いているのがポイントです。
サラリーマン人生を振り返ってみるに思うのは、Labor→Work→Playという「幸せ遷移」だけではなかったなあということ。サラリーマンって、人事命令一発で、急転直下、PlayからLabor状態になったりするんですよね。試練の名の下に、転勤だの、サイコパス上司付だの、脈絡のないトラブル事案だの。特にアラフィフあたりは注意が必要です。
このへん上手く立ち回って世を渡りつつも、Play状態(自己実現)になれるような方向付けは大切だと思います。
余談
ちなみに、今の私はアーリーリタイアしているので、Play状態・・・・かというと、そうでもありません。介護がありますからね。介護は、けっこう重圧感のあるWorkです。我が家の場合、本人が在宅を望むので、家族への負担は、それなりに大きくかかります。ここは、お金だけでは解決できないところです。
介護は、ある種の不公平感を伴う社会課題でもあります。
私が知っているある奥さまは、同居の義母、続けてご主人と介護をしてきたのですが、最近は、いよいよ、ご自身が危うい感じになっていました。そんなある日、「(ムスコやムスメと一緒に暮らすことはかなわず)老人ホームに行くことになりました」と、にこやかにご挨拶に来られたのです。それを聴いた私は、感無量。かと言って、もし、在宅介護になれば、ムスメさんムスコさん世代への負担は大きくなります。
「介護離職ゼロ」という言葉を聞くと複雑な思いに駆られる今日この頃の私です。
拙著へのご書評ありがとうございます!
たくさんのご書評をいただいております。本シリーズは、御礼方々、いただいたご書評からお題を頂戴して書き綴るシリーズです。ご書評は、こちらのエントリーにまとめておりますので、ぜひ、見てくださいね。
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