アーリーリタイアとそのきっかけ
新春と言うことで、始まり系のお題です。アーリーリタイアというのには、ひとそれぞれに、「きっかけ」というのがあると思います。いくつかピックアップしてみました。
きっかけ その1 お金が貯まった
一生分のお金を稼ぎきって(あるいは、そういうシステムを作って)、経済的自由を得た時点で、リタイアしてしまうという考え方です。
ただし、「お金が貯まった」というのは、あくまで、必要条件であって、十分条件ではありません。仕事に生きがいがある人は、お金が貯まっても、アーリーリタイアしないで、その経済力は、人生を謳歌するのに使っちゃう、と言う方が普通の選択です。
きっかけ その2 あくせく働くのが嫌になった
多かれ少なかれ、仕事を辞めたいと思う気持ちは誰にでもあります。健康上の理由の場合の方もいらっしゃると思いますし、そこまで切羽詰まっていなくても、ライフワークバランスの「ライフ」の比重をもっと上げたいと言う場合も多いと思います。
このケースに限りませんが、大切なのは、捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ的なエネルギー感。多少お金が足りなくても、経済的自由を完全に達成して無くても、そのエネルギーがあれば、辞めると言う選択肢はあり得るのではないでしょうか?
アーリーリタイアとは、終わりではなく、始まりなのです。
きっかけ その3 子育てが終わった
これは、けっこう、重要なポイントです。
おとうさんもおかあさんも、こどもに背中を見せて、生きた方が良い、というか無難です。
ここで言いたいのは、金銭面と言うより、精神面。
子育て終了は、選挙権がもらえる18歳くらいまででしょうか。私も、ここが、ひとつの大きな決断ポイントなりました。
もちろん、親としての背中をアーリーリタイアしたから見せることはできないというわけでもありません。途中でアーリーリタイアしてしまう場合は多少難しそうですが、こどもが生まれたときからアーリーリタイアしていれば、それが普通の人生なので、オッケーだと思います。
あと、この理屈で言うと、独身の方は、お金さえあれば、いつでも条件クリアとなりますが、晩婚時代の現代ニッポン。40代後半で、本人すらびっくりの結婚をして子どもができちゃったという人も、私の周りでもそれなりにいらっしゃいます。人生は読めません。
きっかけ その4 介護
これ、私もあったわけです。
介護保険+地域密着型サービスのおかげで、だいぶ、楽な時代ではありますが、在宅介護は、家族の協力が必須なんですね。
介護離職ゼロ。。。。ゼロはどうやって実現するんだろうな、と思う今日この頃です。
きっかけ その5 リストラされた
あああっ これこそ、私。
このパターンの大事なことは、リストラされたことを「神さまの与えたもうた計画」と前向きに享受できるかどうかです。
人生いろいろあるし、福祉国家ニッポン。弱者には優しいんです・・・・あっ、なぜだろう、涙が出てきた。。。
まあ、でも、これをきっかけに、アーリーリタイアするというのは、自分で言うのも何ですが、それなりのポジティブ力というのか、自己中心力というのか、自由力というのかが、必要と思われます。
おまけの話
今後、公務員の定年は、本格的に65歳になりそうです。この意味は大きいです。経団連にメンバーを送り込むような大手企業は、追従する可能性大では?
前から報道があったけど、見事に年金65歳世代と連動してる。民間への影響必至。ついに60歳でもアーリーリタイア時代か。
公務員定年2033年度に65歳 政府検討、3年に1歳延長 21年度から - 産経ニュース https://t.co/m9m3znUdla @Sankei_newsさんから— NightWalker (@nwalkerz)
多くの企業が選択しているような1年ずつ契約更新の定年後再雇用とは、わけが違います。総人件費の管理が、より逼迫した状況になり、オーバー・アラフィフの早期退職は、システム化されるかもしれません。定年は65歳でも、早期退職は会社としてありですからね。役職定年も、事実上の転職になったりするのが現実だったりしますし。今、ばりばり仕事をしていて、窓際の方を揶揄している人でも、上からの命令一つなんです。それがサラリーマン。
そんな人生のシーンが訪れた時には、積極的にオススメはしませんが、仙人(仙女)になる道も考えてみてくださいね。ひとそれぞれですけど、自分で選んだ道は、とても楽しいのです。
コメント
拝読しました。どれくらいお金がたまったら離職できるのだろうか。年齢、家族構成、消費行動、諸条件の違いで数字がかわるんで一概には言えないものでしょうけれど。でも、お書きになった項目の幾つかは、読みながら自分にあてはめてどうだろうかとふと考え込みました。
貯金や投資をしていると、いつしか残高の数字をふくらませることに注意がいってしまうのですが。でも、お金は、家族と自分の幸せの追求のためのツールであるという本来の目的を見失わないようにすることが大事ですね。同じ300万円でも、マイカーを買うのと、親の介護に使うのでは、違った意味合いや違った結果をつくりだしますものね。どちらがより幸せを創出するのかを考えることも大事なのかなと思ったりもしました。
投稿: 徳米 | 2018年1月 6日 (土) 01時09分
私は家族の介護で20代前半で仕事を辞めました。
今で言う介護離職ってやつでしょうか・・・
介護保険もあったし介護施設や病院を駆けずり回りましたが、頗る使えませんせしたね〜
二十歳そこそこの若者が介護でのたうち回る姿に親戚も知人も見るに見かねて離れていくわ、生活の為に株なんていうやりたくもない物に手を出し神経はすり減るし更に孤立するし散々な20代でした。
今は30代で仕事も結婚もせず不労所得で生活しています。
生きていくのに不自由しない程度の経済的ゆとりは手に入れたけど、それ以上に失ったモノの方が大きいし多い。
社会的信用も人並みの経験もない。
あるのは地獄の様な絶望と恐怖にみちた介護の日々の記憶と、困らない程度のお金だけ・・・
自分の意志とは関係なく強制的にリタイアに追い込まれるのは良くないかな・・・
投稿: | 2018年1月 6日 (土) 10時54分
みなさまコメントありがとうございます。
>徳米様
お金をいくら貯めるかではなく、有限の人生の中でどう使うかですね。多い少ないではなく、お金を活用する発想力だと思います。
>?様
大変な、ご苦労をなさっているのですね。介護保険については、最近、厳しくなってきていると、地域包括センターの方もおっしゃっていました。
投稿: NightWalker | 2018年1月 6日 (土) 15時23分